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町田純福音教会
-Machida Full Gospel Church-

ようこそ!町田純福音教会へ
私たちの教会は、単立ペンテコステ教会フェローシップ(通称TPKF)に属するプロテスタント教会です。
<2026年 年間聖句>
「二人か三人がわたしの名において集まっているところには、
わたしもその中にいるのです。」
(マタイの福音書 18:20)
集会案内
御言葉の恵み(2026年10月18日)
主イエスキリストの御名を心からほめたたえます。
「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです」(ヨハネ9:3)。イエスキリストが通りすがりに、生まれつき目の見えない人を御覧になり弟子たちから、「この人が盲目なのは誰が罪を犯したからですか?この人ですか、両親ですか?」という問いに対してお答えになった言葉が上の聖句です。皆さんは「因果応報」という言葉をご存知でしょうか。日本ではよく、「バチが当たったのだ!」という言い方をします。その人の過去の問題が原因となって不幸が訪れるという考え方です。しかしイエス様は、弟子たちが不幸の原因を尋ねたのに対して「神のわざが現れるためです」とその意味と目的についてお答えになられております。北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのお母様の横田早紀江さんは、娘のめぐみさんが見つからず自分のせいでこんなことになってしまったのだと思い込み、畳をかきむしって涙を流したそうです。その時、クリスチャンのお友達から聖書を贈られ、このヨハネの聖句を紹介されて少し気持ちが楽になったと後に本で証しておられました。私たちは何か辛いことがあると、「何故だろう?」と後ろを振り返ってしまい、そこから前に進めなくなることがあります。でもイエス様は、そのような試練に会っている私たちに対して、「何故こんな目に?」とその原因を問う前に、「何のために神はこのような試練をお与えになったのだろうか」を考えて、信仰をもって神の目的のために生きて行くことを教えて下さいます。聖書の中で神は、「この希望は決して失望に終わることはない」と語っております。失望しない!とは言っていません。しかし神と共に生きる者の人生は決して失望に終わることはないのです。皆さん、今日キリストにある希望を共に握りませんか!共にこの方を賛美しながら!
牧師 小川祐司





