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町田純福音教会
-Machida Full Gospel Church-

ようこそ!町田純福音教会へ
私たちの教会は、単立ペンテコステ教会フェローシップ(通称TPKF)に属するプロテスタント教会です。
<2026年 年間聖句>
「二人か三人がわたしの名において集まっているところには、
わたしもその中にいるのです。」
(マタイの福音書 18:20)
集会案内
御言葉の恵み(2026年10月4日)
主イエスキリストの御名を心からほめたたえます。
「神は人を真っ直ぐな者に造られたが、人は多くの理屈を探し求めたということだ」(伝道者の書7:29)。神が人をお造りになり、人が罪を犯す前は、人とは実に正しく真っ直ぐな創造物であったはずです。何より神ご自身が人を御覧になって、「大変良かった!」と自画自賛するほどです。ところが、罪を犯し神の御顔を避け、身を隠した時から人はまるで別人のようになってしまいました。罪を認めることも謝罪することもなく、神に対して、「あなたが私のそばに置いたこの女が」と神に責任をなすりつけ、女のエバも、「蛇のせいです!」とこれまた反省の色なし。これが私たち人間なのです。いつも自分中心で、自分最優先の生き物が人間なのです。まさに上の聖句の通り!神の自信作は真っ直ぐで神の目に正しい存在であったのに多くの屁理屈ばかりならべて自分を正当化する者となりました。でも、この聖句、原語を直訳すると、「神は人を真っ直ぐに造られたが、人は複雑な考え方をしたがる」となるそうです。堕落してしまった人間に近づくために神はモーセを通して私たち人間に十の戒めをお与えになりました。それはとてもシンプルで、よく考えれば、罪によって神から霊的に離れてしまった人間には守れるはずがないと簡単に分かるはずです。ところが「罪深い私をあわれんでください!」と悔い改める代わりに人は律法を六百二十もの口伝律法に切り刻んで、より複雑化することで人が守れるように造り変えてしまいました(実際は守れていません)。皆さん、今日私たちは神の御前に悔い改めることから始めませんか。こんな自己中の私たちを赦していただき、向きを変えて自己中から神中、いやイエス様中へと造り変えていただきましょう。祝福が豊かに注がれる人生へと神に導いていただきましょう!
牧師 小川祐司





