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町田純福音教会
-Machida Full Gospel Church-

ようこそ!町田純福音教会へ
私たちの教会は、単立ペンテコステ教会フェローシップ(通称TPKF)に属するプロテスタント教会です。
<2026年 年間聖句>
「二人か三人がわたしの名において集まっているところには、
わたしもその中にいるのです。」
(マタイの福音書 18:20)
集会案内
御言葉の恵み(2026年7月5日)
主イエスキリストの御名を心からほめたたえます。
「私がしていることは、今はわからなくても、後でわかるようになります」(ヨハネの福音書13:7)。皆さんの人生の中で、「なぜ、こんな悲劇が、こんな苦しみ、悲しみが、こんな試練が起こるのですか?」、「あなたが私たちを愛しておられるのなら、なぜこんなことをお許しになるのですか?」、「神様、いつまでですか?もう耐えられません」、と神に訴えたことがきっと何度もあったことと思います。私などは、試練に会うたびにこの訴えを神にぶつけております。箴言の3章では、「神のなさることは、全て時にかなって美しい」と言っております。しかしながらひとたび、戦争や災害などで悲惨な状況を見るたびに、「神様、これのどこが美しいとあなたはおっしゃるのですか?」と思ってしまいます。ところが、この箴言の3章11節ではこの後このように続きます。
「神はまた、人の心に永遠を思う思いを与えられた」。そうなのです。永遠の平和ではなく、永遠の幸せでもありません。永遠を思う思いを神は私たちに与えて下さいました。だから祈るのです。だから真剣に願うのです。情けないですが、試練や苦しみ無くして人はどれほど神に必死に祈るでしょう?神に必死により頼もうとするでしょう?そしてどれほど神は私たちが神に必死により頼むことを求めておられることでしょう!「あなたの信仰があなたを救ったのです」、イエス様のお言葉です。私たちクリスチャンの平和への祈りが、復興への祈りが、この地に平和を、復興をもたらしてくれると私は信じます。試練に会うたびに自己中心的な自分に気付かされます。神を人生の中心において絶えずイエスキリストに祈り求めて行きませんか。全て働をかせて益として下さる神に信頼して!キリストの愛を握って!
さぁ、今日も心からイエス様を礼拝しよう!
牧師 小川祐司





