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ようこそ!町田純福音教会へ

​私たちの教会は、単立ペンテコステ教会フェローシップ(通称TPKF)に属するプロテスタント教会です。

<​2026年 年間聖句>

​「二人か三人がわたしの名において集まっているところには、

 わたしもその中にいるのです。」

(マタイの福音書 18:20)

集会案内

■主日礼拝■

   毎週日曜日 午前10:30~

 ■キッズプログラム■

    毎週日曜日 午前10:45~

■聖書を開こう会■

 毎週水曜日 午後5:30~

 毎週日曜日 午前9:00~

※ 水曜日はオンラインでもご参加できます。詳しくは教会スタッフまで

​2026年1月11日

主日礼拝

 

詩篇 90篇 1-​​​​​12​​

「自分の日を数える喜び」

 

​小川祐司​

​主日礼拝の音声は、ポッドキャストでも配信中!

​こちらをクリック

​御言葉の恵み(2026年1月11日

主イエスキリストの御名を心からほめたたえます。

「まことにあなたの目には千年も昨日のように過ぎ去り、夜回りのひとときほどです」(詩篇90:4)。神は時間と空間には一切支配されておりません。それはそれらのものを神がお造りになられたからです。神にとって私たちの感覚でいう千年という長い年月が夜回りのひと時だと言っています。当時イスラエルで夜回りは3人で12時間を均等に分けて担当していたので、ひと時とは4時間のことです。だとしたら、神の目には私たちの一生なんて何年生きようが、あっと言う間に過ぎ去ってしまいます。オオシロカゲロウという虫は成虫になってからわずか1時間でその一生を終えます。しかし詩篇90篇では、私たちの齢は人の一息のようだといいます。神に目にはほんの数秒なのです。本当に人生はあまりにもはかないのです。そのはかない人生の中で、私たちに神様から与えられているものは幸いでもなく、祝福でもなく、ほとんどが労苦と災いだと聖書はいいます。だとしたら私たちは何に希望を見出して生きて行けばよいのでしょうか?モーセが作者であるこの詩篇90篇の初めの言葉は、「主よ、代々にわたってあなたは私の住まいです。」と言っております。つまりイエス様こそ私たちにとって永遠のマイホームなのだと言っております。私たちの人生がはかないものであっても、キリストが私たちの神であるならば、神が永遠の住まいとなって下さり、たとえこの肉体が朽ちても、私たちには心休まる場所がいつもそこにあるのです。今日、皆さんにとりましてイエスキリストはどのような存在なのでしょうか。イエス様を私たちの永遠の住まいとするならば、私たちの命も平安も永遠の続くのです。なんという幸いでしょう!

さぁ、今日もイエス様を礼拝しよう!

 

副牧師  小川祐司

宗教法人 町田純福音教会

〒194-0021 東京都町田市中町1-9-21​

Tel: 042-728-8520

E-mail: m-fgc@ae.auone-net.jp

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